新長岡市誕生

2005年4月1日、新しい長岡市がスタートしました。
統合された市町村は、長岡市、中之島町、越路町、三島町、小国町、山古志村の六市町村です。
今年の合併はまだ第一段階で、2006年1月1日より新たに和島村、寺泊町、栃尾市、与板町が加わって、更に大きな新生長岡市がスタートします。
2004年10月23日、忘れもしない「新潟県中越地震=中越大震災」により、元々長岡市と合併予定だった山古志村が大災難を被り、全村旧長岡市へ避難し、復旧もままならないまま合併が成立したのは、記憶に新しいところです。
地震と言えば、私の居住地区は長岡市の中でも損害が軽微な方でしたが、ガス・水道・電気の復旧がなかなかはかどらず、少なくとも3日は実家に避難しました。また、電柱も思い思いの方向に倒れ掛かり、実家と自宅の連絡路も一部陥没して道路が無くなっていました。
婿入り先の実家は魚沼の方で、こちらはさらに被害が甚大だったのですが、それは魚沼周辺情報で述べましょう。
元々長岡市民であった私は、合併による恩恵も弊害も特に感じてはいないのですが、実際自分の土地名称が変わった人たちはどう思ったのでしょう。
ごみの収集方法が変わったり、地方税の納税額が増減したりして、地域それぞれで悲喜こもごもといったところでしょうか。
2006年1月1日、和島村、寺泊町、栃尾市、与板町が加わりました。
特に何の感慨もなかったのですが、たまたま実家からの帰り道、いつもの国道116号線の岐路、大河津分水(信濃川分水)を渡る大河津橋の上で、唐突に違和感を突きつけられました。
というのも、昨年末までは確かに『寺泊町』と書かれていた町の境界を示す標識が『長岡市』になっているんですから。
えらく近くなったもんですなぁ。
なんと言っても、これまで新潟⇔長岡間の道路距離がおよそ80kmだったのが、岩室村の新潟市合併と、寺泊町の長岡市合併のおかげで、わずか十数kmにまで接近してしまったんですから。
そう考えると、何とも感慨深いですねぇ。